実際に差入店を目にされたことから、本作の物語が生まれたそうですね。
助監督として参加した作品を撮影していた時、拘置所の近くにある差入店が目に留まりました。面会に行く人が自分で用意した物を差し入れるのだと思っていたので、なぜ代行業者が必要なのかと疑問を持ったのが始まりです。いろいろ調べていくうちに、世の中には知られていないけれど、絶対になくすことが出来ない職業だと思いました。僕が助監督を務めた『おくりびと』で、葬儀屋とは別に納棺士という職業があることに感銘を受けた過去もあり、映画にしたいと脚本を書き出しました。
脚本完成まで、11年かけられたとお聞きしました。
0からのオリジナル脚本なので、試行錯誤の繰り返しでしたが、なかなか納得いくものが書けず、時間は過ぎていきました。その間に結婚し、子供を授かり、僕自身の価値観が変わっていったことも大きかったです。我が子が生まれた瞬間に感じた、「何があっても絶対に、自分が生きている限り、この子を守り続ける」という強い想いは、金子の和真への想いに注ぎ込んでいます。その時、初めて物語が今の構成にガチッと固まったという感じでした。

キャスティングについて教えてください。
僕自身が映画に人生を賭けているので、真剣勝負で受けてくれる人でなければ絶対に嫌だというのが、まずありました。戦う姿を見せてくれる人たちに、出てほしいと思いました。
丸山隆平さんは、プロデューサーの紹介でたまたまお会いして、役者として新たな挑戦をしたいという胸の内をお聞きしたのですが、その時のお顔がすごく素敵で、一緒に仕事をしたいとずっと思っていました。真剣勝負のステージに立ちたいと言われているような気がしたんです。だから、プロデューサーから金子役に推薦された時は、是非お願いしたいと。ただ、グループの活動もあってお忙しいのはわかっていたので、まずは脚本だけでもと送ったのですが、非常に早く「こういう役を演じたかった」というお返事をいただきました。
真木よう子さんは、今回初めてお会いしたのですが、作品を観て確実に戦ってくれる人だと認識していたので、候補に出された時には喜んでという想いでした。
そのお二人以外は、助監督を務められた作品で、ご一緒されている方が多いですね。
寺尾聰さんはあて書きです。寺尾さんはとんでもない大先輩ですから、本当に尊敬しているし、うれしいし、一緒にいられることが幸せでした。脚本にもいろいろ意見をいただいたのですが、ある夜、突然電話がかかってきて、「今から台詞を読むから聞け」と言われて。電話口でいきなり本気でしゃべり出されるんです。そして、「いい話だ」と言ってくださった。その真摯な態度に感動しました。同じく、北村匠海さんもあて書きです。北村さんとは、『東京リベンジャーズ』など何作品かご一緒していて、お互いに人となりはよくわかっています。新境地と言われるような役も積極的に演じて、役者としての幅を広げたいと聞いていたので、彼のためにこの役を書きました。僕としては、何でもできる素晴らしい俳優だと思っているので、まだまだイメージを固めてほしくないという想いもありました。こんな役もできるということを、世の中の人にも北村さんのファンにも見てもらいたい。この作品のために、髪も伸ばして待ってくれていたと知った時は、本気を感じてとてもうれしかったですね。
名取裕子さんは、僕がこの業界で最初に参加したドラマの主演だったので、再会できて感慨深い気持ちでいっぱいです。今回のキャスティングのもう一つのテーマが、「パブリックイメージにない役をやってもらう」だったのですが、名取さんにも「なぜ私なの?」と聞かれました。今までにない役を演じる名取さんが見たかったし、現在の名取さんの演技のすごさを、映画の観客に知ってほしいということもありました。佐知役の川口真奈さんと、和真役の三浦綺羅くんはオーディションで、二人ともその時から圧倒されました。
撮影前に、丸山さんとはどんなお話をされましたか?
丸山さんとはクランクイン前に何度もお会いして、お互いの生い立ちや人生観など、たくさん話をさせていただいたので、よく理解し合ってから撮影に入ることができました。繊細で凝り性、その上勉強家で、非常に尊敬できる人です。丸山さんは金子には僕が投影されていると思われていたので、僕を観察することが役作りの一つだったようです。

真木さんとはどんなお話をされましたか?
美和子は場面によって、気弱になったり強気になったり、気持ちの振り幅が大きな女性です。彼女の過去に何があったから、そのような性質になったのか。設定表を書いて真木さんに渡し、明日のあなたと今のあなたは違う、それが人間というものですよねというようなお話をしました。
北村さんの役柄は特に難しかったのではないでしょうか?
北村さんには、「音楽と出会わなかったトム・ヨークをイメージしてください」と伝えました。小島の右目は、幼少期から手術を繰り返したというトム・ヨークのエピソードをもらいました。
撮影中、特にこだわられたシーンを教えてください。
金子が母親を警察署まで迎えに行き、車に乗り込んで話すシーン。この作品一の長回しワンカットなんですが、母と息子が対峙するのはあの場面だけなんです。お二人には、金子が生まれてから41年、その親子の歴史を見せてほしいとプレッシャーをかけました(笑)。本作が映画デビュー作になる佐知役の川口さんにも、非常に難しいシーンがありましたが、見た瞬間、ちょっと震えるような表情をしてくれました。
子役の三浦さんにはどのような演技指導をされましたか?
あの人は天才です。オーディションの時から、明らかに突出していました。子役は1度できた演技が、2度目はできなかったりするのですが、彼は何度でも精度の高い演技ができるので、驚きました。また物語への理解度も高く、金子のことを下校時だけ「お父さん」と呼び、それ以外はずっと「パパ」なんですが、こちらが何も説明しなくても、「これ、人前だからですよね。わかります」と言われて。指導する必要は全くありませんでした。

撮影ではどんなことを意識されましたか?
今回、スタッフには日本映画界でレジェンドになりつつある人たちが集まってくださいました。2003年に制作進行見習いとして参加して以来、たくさんの作品に関わり、そこで出会った方々が駆けつけてくださった。撮影の江﨑朋生さんと照明の三善章誉さんもうそうなのですが、本当にありがたいことです。本作は、僕と江﨑さんの希望で、シネマスコープサイズにしました。そのため、アナモフィックレンズで撮影しています。僕たちが子供の頃に見ていた映画らしい映像にこだわりました。このカメラならではの光や歪みの効果に関しては、江﨑さんと三善さんの見ごたえのある実験がいろいろと入っていますので、是非大きなスクリーンで味わってください。

店の立地も空気感も、金子差入店の風情が素晴らしかったです。
拘置所に見立てられるものの近所にある、住居と一体型の店舗を探してほしいと制作部にお願いしたところ、見つけてきてくれました。実際に店と住まいがひと続きになっていて、近くのコンクリート塀が拘置所の塀に見立てられました。坂の途中にあるのは偶然なのですが、面白い画になりました。あそこをお借りすることができて、これはいけるとスタッフ全員の士気が上がりましたね。

編集で心掛けられたことを教えてください。
一番気を付けてたのは、自分の感性だけで編集しないこと。僕が自身で脚本を書いて0から1を創り出してはいますけれど、一人でも多くの人に観てほしいというのが僕の中のテーマなので。技術的なことを少し言うと、金子と小島が表裏一体の関係であることを表現するようにしました。金子もボタンひとつ掛け違えば、小島のようにさらに道を誤っていたかもしれないので。小島がスクランブル交差点で一瞬口角を上げた瞬間、息子を見ながら笑っている金子へ切り替わる流れなどがそうですね。
何度か入る割れた植木鉢のカットが象徴的でした。
世間の白い眼の象徴です。花の種類まで、すべてこだわっていて、どうしても欲しかったのは白いデイジー。時期的に売っていなかったので、建物の横で育ててもらいました。花言葉は「平和」です。僕は映画に人生を救われたので、映画監督としてデビューするのであるなら、適当に勢いで作るのではなく、花1個1個まで繊細に考えようと決めていました。

主題歌をSUPER BEAVERに依頼された経緯を教えてください。
SUPER BEAVERは、『東京リベンジャーズ』バージョンのMVを制作させてもらった関係で、お願いしました。正直、彼らの人気がすごすぎて、難しいだろうと思っていたのですが、即決してくださった。筋が通らないことは絶対にしない人たちなので、本当にうれしかったですね。
今の時代に、どんな作品になったと感じてらっしゃいますか?
臭いものにふたすらせず、その場から立ち去るような世の中になってしまったと感じています。でも、たとえ世の中がどう変わろうと、僕たちは心臓が止まるその日までは、何があっても目の前のことに真摯に向き合って、生きていかなければなりません。ならば、自分とは立場や考え方が異なる人たちを責めるようなことに時間を使わず、明るく「ただいま」と家族に言えるように、まさにSUPER BEAVERの歌にあるように「強くやさしくなりたい」。観終わった方の気持ちに、少しだけでもそんな変化が起こることを願っています。
